16Wed082017

Back ベトナム中部観光情報 フェ市観光 ダナンの歴史と日本とのつながり

ダナンの歴史と日本とのつながり

  • PDF

 

ダナン市は、現在ベトナムに5つある中央直轄市の1つですが、十数年前までは南に隣接するクワンナム省と1つの行政区画(クワンナム・ダナン省)を形成していました。

そのクワンナム省には世界遺産のホイアン(Hoi An)があります。ホイアンは、16世紀中頃に栄えた貿易港で、今でも東南アジア最古の木造建築が残されています。当時、多くの日本人(堺や長崎の商人など)や中国人がポルトガルやオランダなどとの交易のために同地を訪れていました(御朱印船貿易時代)。日本人の商人は、銅、銀、硫黄、刀などを当地に持ち込み、生糸、絹、アロエ、乳香、鮫皮、黒砂糖、蜂密などを買いつけ日本に持ち帰ったようです。当時は数百人が住んでいたという日本人町があり、今でも日本人の墓が残され現地の人々の好意により守られています。また、当時、長崎の商人であった荒木宗太郎とベトナムの王女アニオー姫が恋に落ち、その後結婚して共に長崎に暮らしたという事実も伝えられています。

一方、その頃のダナンは、まだ荷物の積み替えや船の修理をするような小さな港にすぎませんでした。ダナン港がホイアンに代わり商業港として開発されるようになったのは18世紀初頭からです。その後、フランスの植民地となってからは、都市名をトゥーラン(Tourane)と変更され、20世紀初頭にはヨーロッパの開発スタイルが導入され、社会インフラや製造技術の導入が図られるようになりました。結果、農業生産、小規模工業、輸出向け製品加工(茶、食品、飲料、氷、アルコール、魚醤、乾燥魚)、造船・修理、サービスなどの分野の経済活動が盛んになり、サイゴン(現在のホーチミン市)やハイフォン(北部の主要港)と並ぶ重要な貿易センターになっていったのです。

しかし、その後ベトナム戦争が開始されると様子が一変します。1965年には米軍が上陸、ダナンは南ベトナム軍の傘下に組み込まれていきます。現在のホアカイン工業団地は、当時、酸素・アセチレンガス・洗剤生産や研磨・繊維産業に使用されていました。

戦争が終結し1975年にベトナムが完全に独立すると、クワンナム・ダナン省は再興に向けて動き出します。特に1986年のドイモイ政策の採択後は徐々に発展が進み、現在の繁栄につながっていきました。

1996年、クワンナム・ダナン省からダナンが中央直轄市として独立し、従来のダナン地域にホアバン(Hoa Van)区とホアンサ(Hoang Sa、西沙諸島)区が加わり、現在の行政区画が出来上がっています。

ダナン中日代表部より

コメント記入


Security code
更新